私が財政論の講義を受けた女性大学講師のことをお伝えします。
その女性は、専門がアメリカ財政研究です。優しそうで華奢な雰囲気からは想像ができないほど、歯切れ良く理論を展開するのですが、その全く気負いのない自然な様子に、私はとてもカッコいいという印象を持ちました。
その彼女が大学の教壇に立つようになったいきさつを、後から人づてに知ることができました。
それまでのごく若いころの彼女は、特に学問を究める気持ちはなかったようで、結婚後も引き続いて、普通に会社勤めをしていたそうです。
で、ある時、時間のやりくりをしてお姑さんにセーターを編んでプレゼントをしたのですが、その、手の込んだ手編みのセーターを見て、お姑さんはこう言ったそうです。
「どうもありがとう。でもね、あなたはもっと自分が得意とするやるべきことがあるはず。限られた時間を、自分にふさわしく使うべきよ。」
手際よく丁寧に何でもこなしてしまいそうな彼女の編んだセーターが、お姑さんにイヤミでそんなことを言わせるほど下手な出来ばえだったとは、とても考えられません。
きっと、お姑さんは、お嫁さんのことをよく見抜いていたのでしょう。また、それをすぐに聞き入れた彼女の素直さも素晴らしいと思います。
その言葉を聞いた彼女は、自分にとって何をすることが最もふさわしく大切であるかを考えた結果、会社を辞め、大学の通信教育の経済学部に入学して勉強を始め、卒業率3%を突破して卒業します。その後、大学院も修了し、アメリカ留学も経て、現在の大学講師の職に至ったのです。
この経緯を聞いた時、もしかしたら、とかく私たち女性は、しなくてもいいようなことにまで気をまわし、手をかけ、時間を費やしてしまうことが多いのではないか?と、心配になりました。
いつも何となく「家族のため」とか「主婦なんだし」と考えて行動し、結局「家族のために時間とエネルギーを使ったら、自分のための時間もエネルギーも残っていない」というむなしい状況が毎日続いてしまうことになります。
その上、悲しいことに、「できないことの理由」を並べ立てて自分も周りも納得させる技術だけは、年を追うごとに着実に進歩していたりするものです!
しかし、そこで「しようがないから」と自分自身の想いを切り捨ててしまうのは、恵まれた今の日本のような国では、もったいない気がします。
かと言って、その女性講師のように、自分で意思決定をして実際に一歩を踏み出すのは、かなり勇気がいることですし、また、そのまま歩み続けるためには、相当な根気と強い信念が必要です。
それでもやはり、「1人分の人生の中での限りある時間とエネルギー」は、彼女のように決断のチャンスやきっかけを逃さず、その機会が訪れたことを素直に受け止めて、その使い方に大胆な修正を加えていく必要があるのだと改めて感じました。
2008.8.1.